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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

難聴は聴覚障害のなかで、最も理解されにくい障害である

高齢ろう者(ろうあ者)は

「私のときは(今から50~60年前)、
補聴器をつけても聞こえなかった。
言葉がわからなかった。

だから結局、補聴器は使わなくなった」

などとよく言います。

それはそうです。
そんなに昔の補聴器は、本当に性能が悪かったので、
重度聴覚障害者にまで、言葉を聞き分けることは
難しいことも確かでした。

難聴者と違い、重度聴覚障害者は、
この性能の悪い補聴器を装用してろうあ学校に通い、
聴能訓練もしましたが、それでも日本語をマスターできない
人がいました。
その不満をよく私にぶつけます。

そういう事情があって、今の高齢ろう者は補聴器を使わない
人が結構いますし、今の補聴器は性能がよくなったからといって、
装用しても、語音明瞭度まで上がるわけではありません。

だから、装用してもわからなくて当たり前なのです。

良い補聴器と聴能訓練、さらに聴こえに合う環境条件が巡り合えて、
初めて補聴器で言葉を聞くことは成功する、
という事実を、健聴者も高齢ろう者も知らない
(というより、わからない)のです。

だから、難聴者と健聴者、高齢ろう者は理解し合えない
のだと思います。

手話を覚えるのに年齢的限界があるのと同じように、
音の世界でもやはり、音を自分のものにする年齢的限界は
あるのだと思います。
健聴者も高齢ろう者も、それを理解していないようです。

逆に言うと、そうした高齢ろう者には、
難聴者が補聴器を装用しているのを見て

「補聴器をすれば健聴者と同じように聞こえるから、
装用するんだ」

と勘違いしている人もいますが、
これも仕方がないことなのだと思います。

彼らの判断基準は健聴者と同様、

「聞こえるか、聞こえないか」

のどちらかしかないので、その間にも存在する(別の)音の世界、
すなわち難聴の世界はわからないのです。
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by bunbun6610 | 2012-02-22 20:19 | 難聴・中途失聴