コミュニケーション能力とは

20■■年■月■日

ハローワークに相談に行ったときのことです。
職員と少し話しました。

「会社の人事部が、応募者に対して見るところは?」

というアンケート(複数回答可)に対して、
ダントツの1位は
「コミュニケーション能力」(80%以上の会社が回答)
でした。

2位が何だか忘れてしまいましたが、2位以下はすべて
40~50%以下でしたので、いかにコミュニケーション
能力が重視されているかがわかります。

「コミュニケーション能力」とは何でしょうか?

ハローワークという場所で、考えてみました。
そうすると自然に、職場内、会社同士でのつきあいなど
でのコミュニケーションを想定します。

友達とのコミュニケーションとは違う視点で考えないと、
会社の求めているコミュニケーション能力とは何なのか、
わからないわけです。

よく「聴覚障害はコミュニケーション障害である」と言われますが、
就職に臨む聴覚障害者が企業側にこれを言えば、
面接試験に落ちるに決まっていますよね。
だから「できない」では済まない。
人間であるのだから、誰もが考えなきゃいけないわけです。

「日本語ができる」とか「話ができる」は最低限だというのは、
常識なのかなぁ、と思われます。
となると、この基準で考えると

「ろう者は採用できない。
でも単純労働作業員ならば、採用してもいいよ」

というような企業もありえると思います。
でも、日本語が理解できる、話せる、といった
最低条件をクリアしているからといって

「コミュニケーション能力がある」

と言えるのでしょうか?

これはどうも変だと思います。

例えば、日本語を話せない外国人も、
日本人とのコミュニケーション能力がない、
といえるのでしょうか。
それとろう者の場合も同じことなのでしょうか。

本当のところは、コミュニケーション能力は
自分だけでなく、相手にも、つまりお互いに必要です。

もしも、どちらか一方だけにしかなかったら、
うまくいかないものです。
主張する力だけでは、コミュニケーションは成立しません。

逆に聞いてばかりいる人はコミュニケーション能力が
あるのかというと、それも違うと思います。

本当のコミュニケーションは、お互いに理解する力が
必要だとすると、お互いにやりとりをする力が必要だと
気づくのではないでしょうか。

でも会社では、必ずしもそうではないような気がします。
命令をすぐに理解でき、実行できる人を
「コミュニケーション能力が高い」などと評価していない
でしょうか?
イエスマンがコミュニケーション能力が高いのでしょうか?

企業の人材採用では、実際にハローワークの求人票を
見てみると、こんなことが書いてあるものも見受けられました。

・「対人折衷スキルが必要」

・「協調性が必要」

・「データセンターでのヘルプ業務 ※基本的なITスキルとコミュニケーションが必要」

協調性とは、何でしょうか?
これも相手によって違ってくると思います。

対等関係なら、お互いの理解が協調性に結びつくと思いますが、
相手が明らかに上の立場だと、相手に合わせることも協調性だと
思われます。
「組織のために行動すること」とか「組織を乱さない」ということが
協調性になるのだと思われます。

他にも仕事でのコミュニケーションでは、知識や情報共有が
なされていないと、コミュニケーションがスムーズに、
迅速にいかないと思います。
「できる」だけではなく、スピーディな情報処理能力が
要求されているのかもしれません。

この点で明らかに、情報障害を持っている聴覚障害者は、
不利になってしまっています。

「聞こえないのは自分だから、
迷惑をかけないように別の仕事をやるしかない」

という、聴覚障害者特有の心理も出てくるでしょう。

だから、自己実現意欲やさまざまな欲求を、
健聴者の何倍もガマンせざるをえなくなり、
心の健康にも影響しやすくなります。

ガマンはわかるけれども、なぜこんなに、
なぜここまでガマンしなければならないのだろうか、
という気持ちが、聴覚障害者側にはあると思います。

言い換えれば、健聴者の職場内聴覚障害者差別は、
あまりに度が過ぎている(差別)と思うからなのです。

聴覚障害者雇用で最も難しいのが、
この点を会社が考慮することなのではないか、
と思います。
まず、何といっても「理解」を得ることが難しいです。

逆に聴覚障害者のほうは、このことの解決方法を「諦める」のではなく、
もっと会社と自分にとってプラスになることは何なのか、
真剣に考えなければならないと思います。

そうしないから、会社も「どうすればいいかわからない」で
お終いになったままだと思うのです。

もしこの仮説が正しいのだとすれば、
この問題は、耳が聞こえないことが原因なのではない、
ということになると思います。

聴覚障害者の側、そのコミュニケーション能力にも
原因がある、ということです。

そしてコミュニケーション能力は、お互いに使わなければ
伸ばせません。
理解もできないのです。

手話習得と同じではないか、と思います。

毎週ある手話講習会で皆勤賞をもらっているからといって、
その人は手話が上手いとは限りません。

逆に手話講習会はサボってばかりいるのに、
手話はろう者と対等かというほど、上手い人がいます。

それは要するに、使っているか、いないかの差です。


手話にしろ、仕事にしろ、健聴者のコミュニケーションについて一言、
私の視点からの真実を言いましょう。

それは一方的なコミュニケーションしかしない、という点です。
手話の表現をする、それを教えてもらうことは好きなのに、
読み取り、聞くことは嫌いない健聴者がたくさんいますが、
一方的に手話を表出するだけで、聞く立場になると逃げる人です。

職場でも、そういう一方的な筆談で仕事の指示や注意ばかり与えていて、
聴覚障害者の言い分は聞かない人が多いものです。

このようなことは、相互理解にはふさわしくない姿勢だと思います。
それとも、職場ではどうしても改められないものなのでしょうか。

人間のコミュニケーションは双方向性であってこそ、
その価値を最大限に発揮するものだと思いますが。
[PR]

by bunbun6610 | 2012-02-20 19:21 | 就労前の聴覚障害者問題A
line

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
line