変わらなければいけないのは社会

『哀れみはいらない―全米障害者運動の軌跡』(著者: ジョセフ・P. シャピロ /現代書館)
 →http://booklog.jp/users/miyamatsuoka/archives/4768434185

(参考)臼井久実子
 →http://www.yuki-enishi.com/guest/guest-020529-1.html

『変わらなければいけないのは社会』
変わらなければいけないのは社会であり、障害者ではない。障害者権利運動の哲学は、まさにこの点を強調している。車椅子に乗っている人は動けないし、仕事ができないと私たちは思いこんでいるかもしれない。ブリーフケースを抱え、かなり聡明そうな出立ちの弁護士でも、車椅子に乗っている女性だったらお恵みが必要な人に見えてしまうかもしれない。
が、多くの職場で元ガン患者やてんかん患者が雇われないのは、雇用者側の拒絶感の方が理由なのかもしれない。オフィスビルや家屋、ホテルや商店などが車椅子使用者にとって使いにくいのは、社会の犯している大きな間違いかもしれない。
障害者権利運動家、ジュディ・ヒューマン(訳注:二章参照。1993年より合衆国教育省特別教育・リハビリテーションサービス局次官)は言う。
「私たちが生活に必要なこと(雇用の機会やバリア・フリーの建物など)を社会が提供しないとき、そこで初めて障害は悲劇となります。車椅子で生活していること自体は悲劇でも何でもありません」障害をもっていることは別にたいしたことじゃない。以前より多くの障害者自身は、こう自分たちのアイデンティティを主張している。障害者権利運動家で、『ディサビリティ・ラグ(The Disability Rag)』という雑誌の編集長、メアリー・ジョンソンは特に、障害者運動と同性愛者運動との共通点を分析する。彼女によれば、障害者は1970年代の同性愛者のように、社会が押し付けてきたアイデンティティに拒否感を示すようになった。悲しむべき恥ずべき障害者、「汚点」としての障害者というとらえ方をやめ、障害者であることを誇りに思うようになったそうだ。」



聴覚障害者の立場からも、ひとこと言います。
すでに何回か紹介していますが、
下の掲示板を読まれた方はいますでしょうか?

 →http://jbbs.livedoor.jp/sports/30250/

彼ら難聴者は本当に

「聴覚障害が悪いからなんだ」

と言っているでしょうか?

いや、むしろこれは、
社会のほうの無理解が原因で起きている問題です。
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by bunbun6610 | 2012-02-07 22:44 | 哀れみはいらない
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