原罪と死

聖書の中で有名な話に、人間の原罪説があります。
アダムとイブが犯した罪が、人類の苦しみの始まり、という説です。

この話は、世間からはよく嫌われます。

私も

「自分の言うことを聞かないヤツは、
罰として死ぬようにしたのか。
神とは何て、ひどいヤツなんだ!」

と思っていたものです。
(ただし、この解釈はどうも違うらしい)


「主なる神は人に命じて言われた。

「園のすべての木から取って食べなさい。
ただし、善悪の知識の木からは、
決して食べてはならない。
食べると必ず死んでしまう。」 」
        (創世記2章16節)

 →http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E6%81%B5%E3%81%AE%E6%A8%B9
 
 →http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%BD%AA

「原罪とはまず第一に神の主権へのさからいであること、
つまりアダムが神に従うのでなく自分自身によって、
本来神にしか判断できない問題である何が善で
何が悪かを判断しようとしたことであると
考えられている。

禁断の木の実とは単に神の指示のたとえにすぎない。
また、神はアダムに直接命令していることから、
本来このさからいの罪はイヴでなくアダムの責任に
帰するものである。」

カトリックの教義によれば「禁断の木の実」は、
神の主権を象徴的に表している、という。
これへの侵害行為がすなわち罪とされるそうです。

でも、よく考えてみると、
人権のことを考えてもそうだと思います。

人権侵害はいたるところで、
よく軽視されていたりしますが、
そのうえ人間は永遠に死ななかったら、
そのほうがよっぽど苦しい生になってしまうと思います。

一体、地球上にどれだけ不幸が広がってしまうんだろう、と。

だから私は、他者への権利侵害の代償は、
たとえ死で償ってもいいものだと、
かなり大げさに思っている。

ただし、それは人が人に対してするのではなく、
神にしか委ねられないことなのだと。

聴覚障害の苦しみを背負ったまま、
永遠に生きたいと思う人なんて、
いないでしょう。

死があることにより、この苦しみにもいつか必ず、
終わりがあると思えるから、
何とか、何とか我慢もするのだと思います。

どうしても我慢できないときもありますが。
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by bunbun6610 | 2012-02-01 19:23 | 雑談
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ある聴覚障害者から見た世界


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