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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

『妖怪人間ベム』と私の共通点

毎週土曜日夜9:00から、
日本テレビ放送で『妖怪人間ベム』
が放送されています。

 →http://www.ntv.co.jp/bem/

それと中途失聴者や難聴者の心情は、
共通点がありそうに思います。

以前、当ブログで「透明人間」の話もしましたが(※)、
妖怪人間とも、中途失聴者や難聴者と、
心情が通じる点があると思います。

 (※)→『聴覚障害者者は『透明人間』なのか』(2011-09-08 22:07)参照

私は

「自分は本当に、健聴者と同じ人間なのだろうか?」

と思わずにいられない時があります。
差別を受けるたびに、そう思います。
自分の姿は、健聴者と変わりなく人間でも、
ごく当たり前のように差別を受ける時、
自分はそうではないのだということを感じます。
差別が、人格的存在であることを否定されている、
と思うからです。

また、ろう者の場合は最終的にろう社会に入って、
そこで初めて「自分は、ろう者だ」と認識できるそうです。

しかし中途失聴者や難聴者は、
健聴者のなかに混じって、
共存し続けようとしている存在であるがゆえに、
ハッキリとせず、自身はその中で違和感を持ち、
悩み続けています。

先日、ろう者には手話通訳があるのに、
中途失聴者や難聴者には、
それに適した通訳がないことを話しました。

中途失聴者や難聴者に合った通訳がないと、
その人たちに、
「自分は違うのだ、そう主張しても良いのだ」
という自覚が持てません。
自分が言うだけではなく、きちんと認められないと、
自分たちに合った通訳がつかない現実があるからです。

ベムたちは、人間になりたいのですよね。
それは実に、今の多くの中途失聴者や難聴者が、
「健聴者と同じようになりたい」
という気持ちと、酷似しているのではないかと思います。
姿だけ人間と同じでも、コミュニケーションができなければ、
真に人間らしくはなれません。
通訳がないというのは、そうした人たちの
「人間らしさの喪失」につながっています。
これは、盲ろう者も同じ問題に直面しています。

案外気づかれていませんが、
これはろう者とも違う、
聴覚障害者の中でも、特異な性質です。
(いや、「特異」と言うよりは、
「知らない人が多すぎる」と言ったほうがいいのかもしれませんが)

私自身について言えば、厳密に言うと

「自分は健聴者でも中途失聴者でも難聴者でも、ろう者でもない」

と言いたいのですが、
そう言うと

「それじゃ、あなたは何者ですか?」

と言われると思います。
その説明は非常に大変です。
無理矢理にどれかに自分を押し込んでも、
理解と問題の根本解決にはなりません。
そういう真の理解への遠さ、孤立した状況も、
ベムたちと似ているな、と思うのです。

聴覚障害者には、今の健聴者の理解をはるかに超えるほど、
いろいろな人がいるということを、
もっと正しく知ってほしいと願ってやみません。

そのためにも、私はこのブログを書いています。

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by bunbun6610 | 2011-11-26 22:51 | 難聴・中途失聴