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健聴者が一方的に考えた聴覚障害者情報保障の問題点 (2)手話通訳の例;読み取り側の疲労を考えていない

-手話通訳読み取り側の疲労を考えなかった情報保障-

その頃、手話通訳を利用していたろう者は2人いました。
安全会議の講演会は、全体で1時間半近くにもなる、
長丁場でした。

ですから、手話通訳者も交代要員がいて、
15分くらいで交代して、途切れることなく通訳をしていました。
話し手のほうも、司会者、講演者、そしてまた司会者に交代します。

けれども、手話通訳を利用するろう者は、
ずっと、誰に代われるわけでもなく、
一人で見続けなければなりません。

これを、健聴者が耳で聴いていることと
同一視しないで下さい。
それだと、これから私が話すことの問題点を
見つけ出すことができないでしょうから。

さて、この状況で、ろう者の一人が、
途中から眠りこけてしまいました。

講演はまだまだ続いています。
そして、手話通訳者は交代ですが、
一生懸命に通訳を続けています。

ここで健聴者の方に、次の質問をしてみましょう。

「あなたなら、もしこの状況を見たら、どう思いますか?」

私なら、この質問には、2つ答えることにします。
答を2つとしているのは、実は、
手話を全く知らなかった頃の自分の見方と、
今の見方とでは、全く異なっているからです。

今思うと、手話を知らなかった頃の自分の見方というのは、
ろう者のことを全く理解していない考えだった、
と思います。
これは私も反省すべき経験でしたが、正直に書きます。

手話を知らなかった頃の、自分の見方というのは、
次のようになります。

「手話通訳者の前で眠っているろう者は、
何て失礼なんだろう。
手話通訳者が一生懸命に通訳をしているし、
手話が分からない私でさえ、ガマンし、
眠ったりしないのに」

しかし、それから数年後、手話というものを学び、
ろう者のことも少しずつ理解できるようになってきて、
障害者権利意識も持つようになってきた今では、
次のように考えています。

手話通訳は、ろう者の母語
(「日本手話」とか、通称「聾(ろう)語」とも言われる)
とは異なり、日本語対応手話ベースとなります。
それはろう者にとっては分かりにくいばかりでなく、
読み取って頭の中で日本語に変換するのに、
大変な労力を伴っています。

ろう者には、このように言う人もいるからです。
聾(ろう)語なら2時間でも平気のろう者も、
日本語対応手話の手話通訳を見続けるのは疲れる、
という話をよく聞くからです。

そういう手話通訳だと、内容がよく分からず、
興味も沸かないので眠たくなってくる、
というのは確かに理解できるのではないでしょうか。

ある障害者団体の講演会でも、
OHP要約筆記と手話通訳が並んでいて、
私は要約筆記を見ながら、手話通訳も時々、
見てみました。
しかし、その手話通訳は私には、
半分くらいしかわからなかったので

「隣のろう者は、この手話通訳で大丈夫なのだろうか?」

と、少し心配しました。

ところが、講演が終わってみると、
そのろう者は手話通訳者に、

「あなたの手話通訳は大変、分かりやすかったです。
ありがとう」

と言っていたので、私は「えっ?!」とビックリしたものです。
そのろう者にとっては間違いなく、
手話通訳は日本語対応手話ではないほうが分かりやすい、
ということです。

ろう者の母語とは違う、分かりにくい手話通訳で、
森ビルのように1時間半もぶっ続けでは、
さすがにきついとは思います。

聴覚障害者団体主催の手話通訳付き講演会では、
1時間以上もある講演なら途中で、
10分間ほどの休憩時間が入るのが普通なのです。

私は、集中力を働かせて手話通訳を見続けるのは、
15分間が限界です。(※)

(※)ここであなたも、もしも手話通訳を見続けるのは15分が限界なのに、
1時間半にも及ぶ講演会の手話通訳を見続けなければならないとしたら、
どう思いますか?


あなたは毎回、それにガマンできますか?
このような情報保障だけの配慮が、
果たして聴覚障害者への合理的配慮だと思うのは、
ちょっと疑問がありませんか?
健聴者は適当に聞き流していることも出来ますが、
聴覚障害者は目をそらしたら、情報を逃してしまいます。

あなたが健聴者でも、もしも将来、
聴覚障害者になったら、このようなことにガマンできますか?
可能性も含めて言うならば、これは決して、
先天性聴覚障害者だけの問題ではないのです。

手話通訳を読み取る力も、人それぞれなので、
長過ぎると集中力を持続させるのが難しくなる、
という問題点があった、と思います。

それに、内容が分からなければ眠たくなってしまうのは、
健聴者にだっているはずです。
手話は手指の全ては勿論、
細かで速い動きまで見続けなければならないので、
そのストレスもなおさらだと思います。

以前に、白澤真弓氏(筑波技術大学)が情報保障に関する講演で、
アメリカの大学の様子を、スライド写真で紹介していました。
そこでは何と、手話通訳とノートテイカーの2つの情報保障が
ついていたのに、講義中に眠っていたろう者学生が写っていました。

アメリカの大学では、聴覚障害者の学生に情報保障がつくのは当然であって、
しかもそれでも、学生が居眠りをする権利も保障されていました(笑)。

これは勿論、いいか悪いかの話は別として、
人権上どう考えられるか、という話をしています。

健聴者は聞こえるので、幾らよそ見をしながらでもOK、
目を閉じて聴いていても、聴いているフリをしているだけでもOK、
真面目にノートをとりまくることだって、し放題です。

しかし、手話通訳を1時間半も見続けなければならないというのは、
大変なことなのです。

こういうことに対して、健聴者は、
単に手話通訳をろう者の前に配置するだけで、
その他のこと、例えば上に述べているような問題点をなくす配慮は、
何もしていないのが、今の会社の状況なのではないかと思われます。

だから本当は、こういう問題を解決するためには、情報保障のプロや、
利用する聴覚障害者にも、意見をよく聞いてコーディネートすることが
大切だと思います。

今はまだ、そこまで意識が到達していないので、会社のド素人さんの人が
一方的にコーディネートした情報保障しか、なされていないのだろうと思います。

その他でも、とにかく、情報保障を提供する側が、
何でも一方的に決めてやってしまいがちのようです。

そうではなく、費用を出す側だけではなく、
その道のプロの人や聴覚障害者も一緒に関わることにより、
よりよい情報保障ができる、と確信しています。

近年、「難聴者は要約筆記を勉強すべき」などと言われているそうですが、
要約筆記のことは要約筆記者に任せたほうがよいです。
それよりも、難聴者はもっと健聴者に説得する力を身につける勉強を
すべきだと思います。
「情報保障がない」と愚痴を言う力はあっても、
健聴者に説得する力がないようでは、
誰もつけてくれないでしょう。

健聴者が、聴覚障害者の意見を聞かない、
無視するということが一番の問題ですが、
やはり聴覚障害者も自分で意見を言う力を、
もっとつけなければ、
問題は解決しないのでは、と思います。

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by bunbun6610 | 2011-11-17 22:17 | 情報保障・通訳

ある障害者から見た世界


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