健聴者の「うなずき障害」

中途難聴者から、健聴者の耳について聞いたことがあります。
その人は元・健聴者なので私と違い、そういうことがわかる
わけです。

例えば、健聴者は音を聞き分けることができるという。
これは、騒音の中でも、相手の話し声を聞き取ることができる
とか、特定の方向、特定の音に集中して聴き取ることとか、
です。

私は昔、片耳に補聴器を装用していた頃があったのですが、
そのときはやはり音の方向がハッキリとわからなかった。
それは当たり前かもしれませんが。

そういえばこの間、片耳が聞こえないおじさんと少し話したら

「こっちの耳(右耳)は聞こえるが、左耳は聞こえないんだ」

と言っていました。
こういう人も音の方向がわからない場合があるのだとしたら、
当時の私もそれに近かったと言えるかもしれません。

また、健聴者は同時に2つの音を聞き取ることもできるとか。
私には、この意味がよくわかりません。

難聴者の

「うなずき障害」

「ほほえみ障害」

「聞こえるフリ」

「聞いているフリ」

という心因性障害(と言えるかどうかは疑問もありますが)
については、当ブログですでに述べてきました。

しかし、このようなことは健聴者にもありますよね。

健聴者の「聞こえるフリ」「聞いているフリ」は、
本当は難聴者の場合とは真意が違うのですけど、
見た目は同じです。

例えば、

「聞こえているけど、理由あって、その相手の話を聞かない
(もしくは、聞いていない、聞いていないことにする)」

といったことがあると思います。

しかし、難聴者のそれも、これと同じだと考えたら、
大きな誤解になり、それは、その難聴者へ大きなダメージ
を与えてしまうことになります。

難聴者の「聞こえるフリ」「聞いているフリ」というのは、

当ブログ

『耳が不自由でも会話をする方法』
〔2011-07-25 21:18〕

などでも述べていますが、そうせざるをえない状況、
理由があります。

本当はちゃんと聞き取りたいのだけれど、
がんばって集中力を出しても完全には聞き取れない。
話し手の口を一生懸命見て、口型を読み取ったり
(読話法)、想像力で補ってみたりする。
しかし、それが15分、30分もしたら、
それを続けているほうがヘトヘトになってしまう。
しかし、それがバレて

「お前、ちゃんと聞いているのか!」

と言われると、その場も、また今後の人間関係にも
良くないから、ガマンしている。

それで、もう少し自分も、その場を辛抱できる方法と
いうのが、「聞こえるフリ」「聞いているフリ」「うなずき
障害」「ほほえみ障害」なのです。

実際には、難聴者にこの症状が出る理由というのは、
状況により変わりますが、必ず背景があり、
それは「やむをえない事情」があるというわけです。

ですから、もしそういう人を見かけるようなことがあったら、
その人が難聴だったとハッキリ分かるとしても、
本人がカミングアウトしないままでも、
その態度を責めないほうがいいと思います。

隣人としてどうしたらいいか、本人に聞くのはいいかも
しれませんが、聞くだけ聞いて何もしないでいたら、
本人はよけいにそのことで傷つくかもしれません。

「やっぱり、健聴者には理解できない」―そう思う人は
多いものです。

そうすると、カミングアウトしたってムダだ、と思うものです。

あれ? そうだった!
今回は『健聴者の「うなずき障害」』がテーマでしたね。
今さらですが、話を戻します。

「健聴者のうなずき障害」というのは、
健聴者同士のときもありますけど(最初に述べた例など)、
その場合ではなくて、聴覚障害者と健聴者のコミュニケー
ションの場合でも、健聴者がそうするときがあると、
最近よくわかってきたのです。

例えば、私が健聴者に向かって、いろんな話をします。
何を話しても、健聴者はうなずいているだけ、というときも
あるのです。

「おかしいなぁ、聞いているはずなのに。
これは、難聴者のうなづき障害にそっくりだぞ」

こう思うときがあります。
これは「私の話にさほど、興味がないからなのかな?」と
思うこともあるのですが、

「いや、どうも、そればかりではなさそうだ」

とも思うようになってきました。

それで、理由について思い当たるのが、
私は話すことができても、聞くことはできない、
ということです。
聴覚障害者の前で、健聴者は耳が聞こえない私に何か
言い返したくても、自分が話すだけでは通じないことを
知っています。
私が聴覚障害者だと知らない人だと、他人は皆、
それでもしゃべりまくるのに、
「私は耳が聞こえないのです」と言った途端、
健聴者は私と話すのをすぐにやめて、
相手にしなくなります。
(そうなると余計に孤独を味わうから、聴覚障害者は
「私は聞こえません」と必要以上には言いたくありません)

この逆が、自分が話してもどうせ通じないから、
黙って私の話にうなづいているだけではないか?
と思うのです。

実際のところは、常にそういうわけではないと思いますが。

当ブログ

『聴覚障害者心理』
〔2011-09-26 23:48〕


で述べている、カントの説と同じ結果になるのです。


「目が見えないということは、あなたを物から孤立させます。
耳が聞こえないということは、あなたを人々から孤立させます」
          (イマニュエル・カント〔18世紀ドイツの哲学者〕)



筆談とは、労力を伴うため、健聴者にとっては、
しなければならないとき以外は、
したがらないものです。
これは当然の人間心理です。

もし私が健聴者だったら、目の前に聴覚障害者がいた
場合、同じようにするでしょう。
人間とはもともと、そういうものです。

だから健聴者は、面倒と口に出さず、
それを表情にも見せません。
このときの健聴者にも
「聞こえるフリ」「聞いているフリ」「うなずき障害」
「ほほえみ障害」が出るのだと思います。
そうとわかったら、私も話すのすぐをやめます。
つまり、結局はどっちも、同じことをしているわけです。

もし私の目の前に、手話が出来る人がいたなら、
私はその人とすぐに話してみて、理解しようと努めます。

しかし、手話ができない人とわかれば、
その人と話したいと思いません。
私も無意識に、言語が通じるかどうかで、相手を選別
してしまっています。
結局は健聴者と同じことを考えています。

だから私だって筆談は面倒で、しないかもしれません。
やってみていい感じでコミュニケーションができるなら、
その後も続けるかもしれませんが。

「コミュニケーションとは、酸素のようなもの」と言った
人がいます。
そういう、いわゆる空気のような、どこにでもある、
それがあるのが当たり前の日常生活を送っているゆえに、
それが人間にとってはどんなものなのか、
人々の間で深く考えられていないような気がします。

「なくてもいいもの」ではないということが、
案外わかっていないからこそ、
人は皆、聴覚障害者の孤独に対して、
無理解なのではないでしょうか。

健聴者が難聴者と同じようなことをする現象を見て、
私は福島智氏(東京大学教授/盲ろう者)の

「コミュニケーションとは、双方向性のもの」

という考えを思い出しました。
お互いに対等に聴き、話すことができて、
初めてコミュニケーションも対等なものに成立するのが、
普通ではないかと思われます。

ただ残念なことに、特に健聴者の間で、
これが誤解されているように思います。
それがどんな方法であるか、ということは、
それほど重要なことではない。
お互いに通じる方法であることが大切であり、
それがまずコミュニケーションにおいて、
お互いに尊重し合う、ということになる。
逆に言うならば、それがなければ、
コミュニケーションは不可能だということです。

これに伴い、私はずっと過去の体験も思い出しました。
それは自分がまだ難聴のとき、
友人の話に「聞こえるフリ」をしていたときのことです。

フリはできるけれども、話の途中で何かを聞かれたり
すると、それでもうなずいていただけでした。
さすがにこれには友人も、

「コイツ、人の話をちゃんと聞いてんのかよ!」とか、
「お前、頭が変なのか?」

などと言われてしまいます。
そのときにますます、

「実は、私は難聴なのです」

と言えなくなってしまって、

「そうです」

とか言ってしまう。
すると友人はもう当然、私から離れてゆきます。

ごまかしてきたツケなので、そのときになってから
「今さら言えない」ことが多かったです。
難聴と言っても、医者から言われたこともなかった
(と、母は言っていたが)し、証拠もない曖昧さだったから。

話すことができても、聞こえなくては、
仲間のコミュニケーションに入れないんだということを
痛感した、苦い体験でした。

もう一つ、コミュニケーションに関わる話があります。
それは、私が友人と話しているとき、

「ビートたけしって、アホなんだなぁ」

と言い出したときです。
すると友人は突然怒り、

「お前って、ひどいヤツだな。
たけしって、国民の誰もが認める、いいヤツなんだよ!」

と言い、私はびっくりしました。
テレビで首をしょっちゅう傾げながらしゃべりまくるたけしを
見て、私は変なヤツだと決めつけ、たけしの話す内容は
全く知らないために、「アホなんじゃないか」と誤解して
いました。
その誤解を知らない友人も怒って、私を誤解したという
わけです。

こういうことが起きるということは、
当ブログ

『聴覚障害者に届かない情報とは』
〔2011-09-24 00:01〕


でも、述べていますが。

こういうことが山ほど起きて、自分は次第に、
自分の耳はよく聞こえないんだ、だから他の人と
話ができないんだ、と自覚するようになり、
自分からも他人から離れていくようになりました。

難聴者の臨床心理の言葉でいう
「アイデンティティの喪失」「自信が持てなくなる」
といったことは、こうしたことから始まります。

でも、健聴者も相手が何を言っても通じない人だと、
まともに相手にしない。
耳が聞こえようと聞こえまいと。

それで、聴覚障害者と似たうなずき障害になると
わかります。

ここでは健聴者だって、コミュニケーション障害になって
いる、ということのなるのではないか。
]すると、これらが症状としてあらわれるコミュニケーション
障害の根本原因はやはり、聴覚障害者が持つ聴覚障害
ではない、ということになるのでしょう。

そうすると、コミュニケーション障害は、
聴覚障害者だけにあるのではない、
ということの証明になるのではないでしょうか。

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by bunbun6610 | 2011-10-07 22:45 | 聴覚障害者心理


ある聴覚障害者から見た世界


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