聴覚障害者心理

先日、東京都教育委員会主催・聴覚障害者の
コミュニケーション教室に参加しました。

内容は

『中途失聴・難聴者の臨床心理とコミュニケーション』

というテーマの講演でした。

講師は2歳のとき、ストレプトマイシンの副作用が原因で、
長期間にわたって聴力低下し、両耳全ろうの状態に
ありました。

しかし、人工内耳と補聴器を装用していて、
自身を難聴者としています。

当ブログでも、これまでに「聴覚障害」について何度も
述べていますが、講師の説明もハンフリーズ/パッデン博士
の著書『ろう文化案内』と矛盾しません。

 →http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031209313&Action_id=121&Sza_id=C0

 →http://takapan.nobody.jp/hon/h_roubunka.html

講師は「聴覚障害者(deaf)」であるが、「ろう者(Deaf)」ではなく、
難聴者だと自己紹介していました。

講演テーマにある中途失聴・難聴者心理とは、
当ブログでも述べている通りです。

決して難しい理論とか研究報告ではなく、
講師が自らの体験や、同じ仲間(ピア)の状況を話したことが、
聴衆の心を動かしたのではないか、と思いました。
どんなに立派な理論を話しても、聴衆の心が動かなかったら、
聞くだけで終わりでしょう。

本稿では、講演を聴いて、自分が特に思ったことを
中心に述べることにします。


【1.難聴の無自覚、あるいは曖昧な認識】

世間では聴力状態(障害の有無)により、
健聴者と聴覚障害者(ろう者、中途失聴者、難聴者など)
の2つに分けられています。

しかし、聴覚障害者の認定基準は日本の場合、
恐ろしく高過ぎるものであるため、その基準に達しない
難聴者の場合は、社会から何の配慮も受けられていません。

それだけに、難聴者にはどんな障害があるのか、
健聴者にはますます、わかりにくいようです。

結局、難聴者は障害があるにもかかわらず、
障害者として扱われず、
健聴者と同様に扱われるのです。

これが、本人にも自覚しずらくなったり、
自覚を鈍らせる原因になっているのではないか、
と私は思います。


【2.難聴の問題解決方法にはいろいろあって、
そのわりに情報が少ない。
また、決定的な解決方法は少ない】

例えば、補聴器にしても、どこで買えばよいのか、
どれにするか、どこで相談すればよいのかとか、
いろいろと迷わされるでしょう。
医者と業者が話している場を見て

「儲け話に騙されたくない」

と思いこんだ難聴者もいたそうです。
仲間の失敗談も多いです。

近年は人工内耳が注目されていますが、
これにするかどうかの判断は非常に難しいし、
後戻りはできないそうです。

いろいろな方法があるにもかかわらず、
決定的な方法は一つもない、というのが、
難聴者問題の難しいところなのです。


【3.カントの説への疑問】

「目が見えないということは、あなたを物から孤立させます。
耳が聞こえないということは、あなたを人々から孤立させます」
          (イマニュエル・カント〔18世紀ドイツの哲学者〕)

カントは、なぜこう言ったのだろうか?
カント自身、難聴になっていたときに、
これを言ったのだろうか?
あるいはカントが晩年、老人性難聴になってから、
これを言ったのだろうか?

いずれにせよ、この意味は
「聴覚障害は、あなたを人々から孤立させる」
(あなたを人々から孤立させてしまう原因は、聴覚障害である)

ということだろう。
これは「聴覚障害が原因で、孤立が起こる」と言っているわけで、
聴者の立場から言っているにすぎないように、私は思う。

しかし、私自身の長い聴覚障害者人生では、
この言葉は疑問に思えます。

確かに、自分が初めて聴覚障害者だと自覚するようになった頃は、
カントと同じように考えていました。
でも、今は全く違います。
人々は確実に、耳の聞こえない人からは離れてゆきます。
カントの言うそれは、もはや非常に古い考え方で、
それこそ老人性難聴になった人が、難聴ゆえに人々が離れ、
自分は孤立したと考えるのと同じなのだと思います。
決して、自分から離れたいのではない。
しかし、離れた方がいいと考える瞬間も必ずあり、
次第にそれに打ち勝てなくなるのです。

しかしそれは障害に対する新しい考え方、
すなわち国連・障害者権利条約とも相反すると思います。
人々が耳の聞こえない人を放置したり、離れていく原因は、
聴覚障害ではありません。

人々の聴覚障害者に対する見方、対応の仕方、
その心のありように問題があると、私は考えています。

その決定的な証拠が、難聴者が自分の聴覚障害を
カミングアウトできない理由のなかにあります。
難聴者は差別や孤立を恐れるがゆえに、
言わないで黙っているからです。

もちろん、心のありようの問題は、
それにひるんでしまう当事者にも言えることですが、
健聴者も歩み寄らない限りは、どうにもなりません。

そういうことに気づき、健聴者も難聴者も、
コミュニケーションのあり方を再考してほしい、
と私は願っています。


【4.人工内耳の賛否両論】

ろう学校でも、人工内耳装用のろう児が急増している、
という。
ろう児として生まれたのに、親の判断次第で、
ろう者として生きる権利が奪われる、という批判もあるようです。

やや極論ですが、女の子に生まれたのに男の子に
変えようとしているようなものかも知れません。
倫理上、議論が起こるのは必至です。

でもこの批判が起きた一番の原因は、
社会の聴覚障害者への見方や、配慮不足で、
差別があるということなんだと、私は思います。
人工内耳でもろうでも、どちらの子も平等に生きる
権利があるし、そういう社会になっていないことが
問題だと思います。


【5.聴覚障害者心理の段階説、喪失の過程】

聴覚障害者心理は不安定で流動的な性質があり、
今のところ5段階説があるようです。

①「ショック期」 ②「あきらめ期」
③「再適応の芽生え」 ④「再適応の努力期」 ⑤「再適応期」

この段階を、必ずしも①から⑤へ、スムーズに行くとは
限らないし、どうなるかはその人の運命だと思います。

よく「運命は変えられる」とか「運命は変えられない」という
言葉を聞きますが、中途聴覚障害者の場合、
その運命は流されやすいもので、どうなってしまうのか、
最後まで誰にもわからない、不確実性があることは
間違いないと思います。




〔参考情報〕

『障害受容のプロセス』 - たっどぽ~る
http://www.nakachan2.com/juyouprocess.html


『2/2 余命、障害…ショックな事実を受け入れる
心の変遷』

http://allabout.co.jp/gm/gc/376132/2/




【6.1日中、年中、そして生涯、難聴者心理という
精神的苦痛と付き合う方法を探す】

聴覚障害者問題はおそらく、
永久に解決しないのではないでしょうか。
しかし、講師は、人工内耳装用後、
気づいたことがあったという。

それは、人工内耳の副作用を見て、
それについて何か言う人がたくさんいて、
辛かったそうです。
しかし、そうした状況でも普段と同じように接して
くれる仲間がいたことは、嬉しかったという。

一番大切なことは、これなのだと私は思いました。
難聴障害は解決できないかもしれませんが、
人として大切なのは、身体がどうだとかではなく、
心がどうなのかだと、私もあらためて気づきました。

残念なのは、聴衆の多くの人が、人工内耳に
関心を持ち過ぎてしまい、それは難聴者だけでなく、
ろう者にも増えているんじゃないか、
という心配があることです。

この講演のテーマからすると、
人工内耳でコミュニケーション問題を解決することには
触れていないはずだと思います。

けれども、講師がプロフィールを細かく語るに当たって、
また人工内耳装用体験で得たことを語るに当たって、
人工内耳の話が出るのは自然なことです。

しかし聴衆は、それに過剰に関心を集中させていた
ように思えました。

講師自身、自分は難聴者だと言い、
その時へ戻りたいから、人工内耳を選んだ、という。

この気持ちはおそらく、多くの中途失聴者、難聴者も、
当然のように希望と思っていないだろうか?

しかしそこに私は、人間としての危機感を持ちます。
人間の命は、耳ではなく、まさにそのコミュニケーション
能力にあるからです。
どんなときにでもコミュニケーションを可能にする能力が
あるはずです。
それがコミュニケーション講座でもっと語られてほしかった。

だから私は、聴衆がこの講演で人工内耳へ異常に関心を持ち、
そればかりの質問が飛ぶのは、おかしいんじゃないかな?
 と思いました。

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by bunbun6610 | 2011-09-26 23:48 | 聴覚障害者心理


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