聴覚障害者のコミュニケーションの多様性

当ブログの

『手話サークルの交流会で思うこと』
〔2011-07-27 23:57〕


では、交流会に参加した健聴者が、
ろう者の会話を読み取れず交流ができない、
という意見が出されています。

この問題は、ろう者と他の障害者との間にも、
もちろん存在します。
それだけ、ろう者と他の人との言語的相違が
大きく、この問題の困難さを象徴しているのでは
ないかと思います。

他の障害者も、ろう者とは交流が難しいという
ことを、正直に話しています。

それだけではありません。
聴覚障害者のなかには、大きく分けて難聴者、
中途失聴者、ろう者がいる、ということは、当ブログ

『聴覚障害の用語定義について』
〔2011-03-30 22:03〕


でも述べました。

一概には言えないのですが、一般的には
日本語を第一言語とする難聴者や
中途失聴者は、手話を使えない人が
ほとんどで、日本語による会話(音声や、
筆記を交えての)がほとんどです。

情報保障や通訳を用いる場合も、
日本語表記という点では変わりません。

また手話も使う中途失聴者、難聴者でも、
日本語を話しながら日本語対応手話を併用
する、という方法でコミュニケーションをとる
人がほとんどです。

それはなぜかというと、難聴者や中途失聴者
は特に、手話がわからない人も含めた健聴者、
同障者、家族や友人の健聴者など、より多くの
人とコミュニケーションをとることを目的として、
音声を使い続けるだけでなく、手話も積極的に
取り入れ、併用しているのだと思います。

特に家族の皆が健聴者である場合が多い
中途(後天性)難聴、中途失聴者では、
音声なしの手話(ろう者の日本手話)というわけ
にはいきません。

反対に、ろう者の場合は、ろう者社会という
社会生活で用いる手話が中心で、健聴者が
相手の場合には日本語対応手話も使う、
というような状況があります。

このように「誰と話すために手話を使うか」で、
選択する手話も異なってくるのが実情です。

この点は、盲ろう者のコミュニケーション方法が、
相手により異なっているのと同じだと思って
よいかもしれません。

盲ろう者も、眼が不自由であるため、
全盲の方で触手話を用いている方でも、
感情の表現などを表情に表しても読み取れません
ので、手で表して伝えています。

また他にも、相手により、様々な方法があります。

→当ブログ
『「盲ろう者」について』
〔2011-04-09 09:34〕
参照。

今回のテーマで問題なのは、
日本語を話さずに使う手話のほうでしょう。

今までは、日本語音声会話しかしなかった
健聴者集団のなかで、聴覚障害者が一人で
ガマンしているという、精神的にきわめて悪い
状況を、「仕方がない」とされてきました。

しかしそれが、国連・障害者権利条約によって、
場合によっては「合理的配慮を欠く」ということ
になり、「間接差別」とみなされるかもしれません。

誰も悪意がないとは言っても、その人たちの放置、
言い換えるならば配慮不足から差別的状況が
生じているのは事実で、それは間接差別になると
思われるからです。


それは、今まであった社会の中の目には見えない
不平等を是正するうえで、よいことだと思います。

ただそれは、健聴者だけが、その是正勧告を
受けたということでなく、ろう者団体も同じだと、
私は思っています。

この条約は、障害者の方にばかり、利益があるの
ではなく、やはりすべての人が、お互いに暮らし
やすくなるためにあるのだと思います。

当然、言語としての手話や情報保障のあり方も
見直し、より公正なものへと進化していかなければ
ならない、と思います。

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by bunbun6610 | 2011-08-25 23:03 | 手話
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ある聴覚障害者から見た世界


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