難聴者コミュニティ形成の難しさ(6)

難聴者は、コミュニケーション方法が多肢にわたるため、
集団もそれにしたがって分かれている場合が多いと思います。

日本の聴覚障害者の数は身体障害者手帳保持者で約36万人います。
そのうち、手話を日常で使いこなしている聴覚障害者の数は10%くらいしかいない、
という厚生労働省調査のデータがあります。

4万人いるかいないかですが、そのわりには約2万人いるといわれる盲ろう者と比べ、
社会的認知度は突出していると思います。
それは、難聴者と比べると、もっと鮮明なのではないかと思います。

日本には1.600~2.000万人の難聴者がいる、と言われていますが、
社会ではろう者への理解の方が際立っているのは、なぜでしょうか?

特に思い浮かぶものに、ろう者には独特の文化、
その魅せる(観せる)ものの力があると思います。

ろう者とは何か、聴覚障害とは何か、聴こえない人が使う言語とは?
 ということを知るきっかけとして、手話から注目されたことは
間違いないだろうと思います。

ろう者の手話は、健聴者には習得が難しいものであることは、
以前からわかっていたと思いますが、それでも魅せられる何かがあり、
まずそこを突破口にして、多くの人の心をとらえることができたと思います。

同時に、テレビ手話偏重(NHKの手話番組や、テレビドラマなどでも)という
弊害もあったと思いますが、とにかく手話は映像でのデビューも早く、
それがろう者の認知につながったのだと思います。

それだけでなく、同じ仲間が手話を使ってコミュニケーションをはかり、
結束することにより、様々な壁を仲間で乗り越えることもできました。

それは、人間の最大の武器を、彼らも持っていることを意味しています。

しかし、コミュニケーション能力がはるかに限定される盲ろう者や、
中途失聴者、難聴者は、持てる力も小さくならざるをえなかったのではないか、
と思うのです。


【中途失聴。難聴者の、新たな言語獲得の苦しみ】
健聴者は赤ん坊の時から、周囲の人が音声言語で話しているのを見て、
自分もそれをやってみるようになります。

ろう学校では、手話禁止の時代でも、周囲の子陰で手話を使っていて、
ろう学校に新しく入った子どもも、それを真似し、自然に覚えてしまうという。

人間の言語獲得の適齢期は6歳頃まで、と言われていたり、
3歳頃まで聴こえていれば、日本語を話す能力はある、
と言われたりします。

このへんについては、詳しく述べられないのですが、
言いたいことは要するに、音声言語にしろ手話にしろ、
言葉の獲得は、若いときに始めるほどスムーズで、
皆それが当たり前の環境にいられた、
ということです。

これは、手話を覚えるのに苦労している中高年の健聴者、
中途失聴者、難聴者や、日本語文章力を身につけるのに苦労している
中高年のろう者を見れば、一目瞭然だと思います。

単に異なる言語を学習するのが難しい、という問題だけでは
ないと思います。

日本語にしろ手話にしろ、言葉の獲得が難しくなる年齢になってくると、
覚えるのが難しくなり、獲得への苦労は並大抵のことではないようです。

中途失聴者、難聴者は、日本語を獲得していますが、
耳が不自由になってしまったために、
障害を感じるようになります。

このことは、健聴者からはろう者と同じように見えても、実は決定的に違う点です。

そしてもう一つ、手話獲得にも苦労する中途失聴者、難聴者がたくさんいるのです。
しかも、それが健聴者だけでなく、ろう者にも理解してもらえない苦しみもあります。

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by bunbun6610 | 2011-08-24 20:07 | 難聴・中途失聴
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