難聴者コミュニティ形成の難しさ(4)


難聴者は、ろう学校に通ったろう者とは異なり、
コミュニケーション方法、文化教養、障害観、心理など、
人それぞれに、あらゆる点で幅広さがあります。

障害名は単に「難聴」であっても、聴力や性質、
障害の克服方法にいたるまで様々で、
すべての難聴者に共通している点も、
意外にも多くはない。

筆談は完全なコミュニケーション方法になりえると
考えられやすいですが、実際には筆談を使うケース
は稀であり、しかも筆談でも通じない場合は
よくあります。

1対1での筆談でさえ、面倒くさがって誰もやろうと
しない場合もあります。
まして、大人数になると見続けるのも面倒くさがる
難聴者も多くなります。
(この場合、OHPの方が当然に良い)

それよりも、気の合う難聴者同士で、少人数でいい
から、固まって話すほうが好き、という難聴者のほうが
圧倒的に多い。

これは

「健聴者の音声言語が自分たちにも使える範囲で
満足するしかない」

と、あきらめている難聴者が多い、ということを示して
いると思います。

手話でコミュニケーションができる人同士なら、
それでもいいのですが、できない人もいると、
できる人はその人とわざわざ話さないし、
できない人もできる人と手話で話すことはできない。
不思議に思えるかもしれませんが、使用言語により、
自然に分かれていくものです。

人間というのは、もともとそういうコミュニケーション
方法が、最も気楽で自然な会話になるのであって、
筆談という、労力を非常に使うコミュニケーション方法
では、やはり音声や手話のような豊かなコミュニケー
ション効果はえられないのです。

これが、難聴者でも筆談によるコミュニケーションは、
あまりしたがらない理由だと思います。

筆談が音声会話の代わりとして、あまり有効ではない
と思える理由は、他にもあります。

下の事例がそれです。

私は以前、ある難聴者と筆談で話したのですが、
関係がうまくいかなくなってしまった経験があります。

相手の方は、高齢難聴者でした。

筆談が悪いというより、筆談のマナー的なところ問題が
あったと思いますが。

お互いに筆談に神経を集中するほどの気合の入れようで、
その方が書いていたときは、私はそれを読みながら
考えていました。

しかし、私が書く番になると、その方はまたすぐに
自分の言いたいことを一生懸命に書いていて、
それはかなりの長文になっていました。

その方は私が書き終えると、やっと私の文を読むのですが、
読み終わるとまたすぐに、自分の言いたいことを一生懸命
書くのでした。
そういう筆談をする難聴者とは、話が合わなかったというか、
私は不快感を持ちながらのコミュニケーションになって
しまいました。
そういう筆談を1時間半ほどして、やめました。

その方は帰り際も親切そうに

「私が筆談した紙を持って帰って、もう一度読んで」

と言ったのですが、私は筆談とはそういうものではない、
と思ったので

「結構です」

と断りました。

その数日後、その方と手紙でやりとりをしようとしましたが、
その方は筆談した日のことで不満を言いました。

「あなたは私が一生懸命に書いた筆談用紙も『いらない』
と言い、
私の話を聞こうともしませんでした。
だから、あなたを自己中心な人だと思いますし、
そんな人と今後も話を続けたいとは、
私は思いません。」

その方の筆談が、そんなふうであるのは、相手が時間を
かけて書いている筆談を、待ちながら読むのは、時間が
かかってしまうから、相手が書いているうちに、自分の方も
書いて、終わったら交換するほうが効率が良い、
と考えていたのだろうと思います。

しかし、こういう筆談は、音声や手話でのコミュニケーション
では、ありえない方式だと思います。

また、筆談に集中してばかりだと、相手の気持ちが見えず、
わからないということも、メールでも同じだろうと思いますが
あると思います。

筆談でお互いの考えや気持ちがわかるようになるには、
リテラシーと呼ばれているそうなのですが、
お互いがそうした知性、心構えを持っている必要があると、
そのときの経験で思いました。

決して難聴者でも筆談はうまくいかない、というのではなくて、
例えば

「要約筆記通訳を上手に使いこなせない利用者がいる」

といわれるのと同じように、筆談という方法なり、パソコン・
メールという方法なり、それを使って円滑なコミュニケーション
をするには誰でもリテラシーが必要、ということなのです。

ブログに載せる文章を書くときににもリテラシーが必要、
と言われています。

(ただし、当ブログの場合は筆者の意向で、あまり意識して
いません。
それにいついては、いずれ書きたくなりました。
ブログ・タイトルと関係がありますので)

筆記リテラシーというのは音声会話のそれより難しいと
言われこれも、敬遠されがちになる理由というか、
難聴者がコミュニティを形成するコミュニケーション力が弱まる、
一つの要因になるのではないか、と私は思うのですが。

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by bunbun6610 | 2011-08-24 19:40 | 難聴・中途失聴


ある聴覚障害者から見た世界


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