難聴者コミュニティ形成の難しさ(3)

発表会の準備が始まるのは、3ヶ月前からです。

ですから、それまでの1年9ヶ月(最長期間で)学んだことを、
何かの形にして発表しなければなりません。

これは、受講生がこの手話講習会を修了後、
自分の自立力を試す場でもあると思います。
(ただ「自立とは何か?」の答えは、難聴者それぞれによっても、
違うようです。)

ですから、講師、助手の手助けなしで全て行うのが基本です。

初めに、発表会準備を行う司会を選出することから、
発表会を全員でやるのか、それともグループに分けてやるのかを、
皆で話し合って決めます。

その次に、クラスまたはグループのリーダーを決め、何をやるのかを、
さらに皆で話し合って決めます。

途中でモメたり言い争うことも起きましたが、
止められません。

基本的に自分たちのなかで起きた問題の責任も、
全て当事者に負わせ、解決させます。

というのは、難聴者の自立を試す場である以上、
そうしないと、この企画をやる意味がなくなるからです。

たとえうまくいっていなくとも、そうした経験から難聴者が、
自ら聴覚障害者問題を考え、克服する力を身につけさせるのが目的です。

そこで耳が不自由なだけでなく、手話の力も皆まちまちですから、
手話のみによるコミュニケーションでは、全員会議が成り立たない、
ということに、皆当然気づくのですが、そこで諦めてしまう人は何人も出ました。

諦めた人は、ただ黙って見ているだけですから、
結局は何らかの方法で積極的発言をする人たちの意見で議決され、
それ同意できない難聴者はガマンするか、辞めてしまう人もいました。

意見の相違で、陰でFAXやメールで口論したり、意見集約を行っていたり、
2、3人の間でだけ物事が決められ、発表会準備が進んでいたグループもありました。

そうしたグループは、発表会までとにかくガマンしてやり遂げたのですが、
修了式とお別れ会の後は、きっぱりと関係を絶った人たちもいました。

こうした様子を見たので、難聴者のコミュニティ形成は、本当に難しいな、
と思ったものです。

こうした状況というのは、実は彼ら皆が、健聴者の考え方からまだ一歩も出ていない、
ということが原因なのだと思うのです。

先天性難聴者も少しいましたが、ほとんどが後天性難聴者でした。

その人たちは、聴覚障害ゆえにコミュニケーションが大変だ、
自分は手話が出来ないから、あるいは自分は手話は出来るが、
手話がわからない人とコミュニケーションは難しいからとか、
思っていたと思います。

でも、その考え方では一緒に発表会をつくりあげていくのは無理、
ということに気づきません。
そんな彼らは、難聴の仲間という意味での「難聴者」としては、まだ未熟でした。
ちょうど

「私は手話勉強中ですので、交流会は遠慮します」

という手話サークル生と同じでした。

話し合うには、まずお互いに、どういうコミュニケーション方法をすればよいのか、
知り合うべきでしたが、その確認もしないままの難聴者が多かった。
だから、混乱も避けられなかったのだと思います。
勿論、こうしたことは健聴者やろう者にはあまり経験しないことです。
しかし、難聴者は、その対策もわからないうちに難聴になっていった人ばかりです。

不完全な難聴者コミュニティでは、それぞれが自分のコミ方法と
同じ相手だけを探し出し、そのグループで固まってしまう、というのは、
他の聴覚障害者団体でも手話サークルとかでもあります。

しかし、それと同じでは、単なる難聴の人の集まりであって、
自立できた難聴者の集団とは言えないのではないか、と思います。

難聴者の場合は、特に

「難聴者は皆、小さなグループで固まってしまうのはどうしてか?」

と言われるほど、傾向が強いと思います。

これが、難聴者のコミュニティ形成力の弱さではないか、と私は思います。

この次には、その理由について、考えてみたいと思います。

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by bunbun6610 | 2011-08-23 22:07 | 難聴・中途失聴
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