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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

難聴者コミュニティ形成の難しさ(3)

発表会の準備が始まるのは、3ヶ月前からです。

ですから、それまでの1年9ヶ月(最長期間で)学んだことを、
何かの形にして発表しなければなりません。

これは、受講生がこの手話講習会を修了後、
自分の自立力を試す場でもあると思います。
(ただ「自立とは何か?」の答えは、難聴者それぞれによっても、
違うようです。)

ですから、講師、助手の手助けなしで全て行うのが基本です。

初めに、発表会準備を行う司会を選出することから、
発表会を全員でやるのか、それともグループに分けてやるのかを、
皆で話し合って決めます。

その次に、クラスまたはグループのリーダーを決め、何をやるのかを、
さらに皆で話し合って決めます。

途中でモメたり言い争うことも起きましたが、
止められません。

基本的に自分たちのなかで起きた問題の責任も、
全て当事者に負わせ、解決させます。

というのは、難聴者の自立を試す場である以上、
そうしないと、この企画をやる意味がなくなるからです。

たとえうまくいっていなくとも、そうした経験から難聴者が、
自ら聴覚障害者問題を考え、克服する力を身につけさせるのが目的です。

そこで耳が不自由なだけでなく、手話の力も皆まちまちですから、
手話のみによるコミュニケーションでは、全員会議が成り立たない、
ということに、皆当然気づくのですが、そこで諦めてしまう人は何人も出ました。

諦めた人は、ただ黙って見ているだけですから、
結局は何らかの方法で積極的発言をする人たちの意見で議決され、
それ同意できない難聴者はガマンするか、辞めてしまう人もいました。

意見の相違で、陰でFAXやメールで口論したり、意見集約を行っていたり、
2、3人の間でだけ物事が決められ、発表会準備が進んでいたグループもありました。

そうしたグループは、発表会までとにかくガマンしてやり遂げたのですが、
修了式とお別れ会の後は、きっぱりと関係を絶った人たちもいました。

こうした様子を見たので、難聴者のコミュニティ形成は、本当に難しいな、
と思ったものです。

こうした状況というのは、実は彼ら皆が、健聴者の考え方からまだ一歩も出ていない、
ということが原因なのだと思うのです。

先天性難聴者も少しいましたが、ほとんどが後天性難聴者でした。

その人たちは、聴覚障害ゆえにコミュニケーションが大変だ、
自分は手話が出来ないから、あるいは自分は手話は出来るが、
手話がわからない人とコミュニケーションは難しいからとか、
思っていたと思います。

でも、その考え方では一緒に発表会をつくりあげていくのは無理、
ということに気づきません。
そんな彼らは、難聴の仲間という意味での「難聴者」としては、まだ未熟でした。
ちょうど

「私は手話勉強中ですので、交流会は遠慮します」

という手話サークル生と同じでした。

話し合うには、まずお互いに、どういうコミュニケーション方法をすればよいのか、
知り合うべきでしたが、その確認もしないままの難聴者が多かった。
だから、混乱も避けられなかったのだと思います。
勿論、こうしたことは健聴者やろう者にはあまり経験しないことです。
しかし、難聴者は、その対策もわからないうちに難聴になっていった人ばかりです。

不完全な難聴者コミュニティでは、それぞれが自分のコミ方法と
同じ相手だけを探し出し、そのグループで固まってしまう、というのは、
他の聴覚障害者団体でも手話サークルとかでもあります。

しかし、それと同じでは、単なる難聴の人の集まりであって、
自立できた難聴者の集団とは言えないのではないか、と思います。

難聴者の場合は、特に

「難聴者は皆、小さなグループで固まってしまうのはどうしてか?」

と言われるほど、傾向が強いと思います。

これが、難聴者のコミュニティ形成力の弱さではないか、と私は思います。

この次には、その理由について、考えてみたいと思います。

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by bunbun6610 | 2011-08-23 22:07 | 難聴・中途失聴