「障害者への合理的配慮」の意味

ここでは、障害者の雇用における、合理的配慮についてです。

たとえば、両手が不自由な身体障害者に

「手を使って仕事をして下さい」

と指示したり、どうしても手作業になる仕事を命じたりするなら、
その方に無理があると考えるのが普通でしょう。
身体障害者に対し、不可能なことを強いることは、社会的常識
から差別になります。
また本人に精神的苦痛を与えることになる、ということも容易に
想像できます。

しかし、もしもその仕事が可能になるような合理的配慮が生まれ、
障害者に用意され、仕事ができるようになったら、差別ではない
のです。
それも可能にする方向へ、社会を変えていくのが、国連・障害者
権利条約です。

条約は障害者にも使える新しい技術開発を促進させ、それを広める
作用をもたらし、社会を変えるでしょう。

しかし、人間の差別心という敵も存在します。

今の社会は、会社はその障害者に対しては他の仕事をしてもらう、
ということが合理的配慮になる、と考えています。

しかし、合理的配慮の目的は、本当にそれで達成するのかというと、
違うという見方が生まれました。

合理的配慮の意味がどのように解釈されるかにもよりますが、
それは本来、社会の中に存在するバリア(障壁)をなくし、今まで
できなかったことを可能にしようとする、人類の新しい挑戦である
はずだ、と私は思っています。

新しくできた国連・障害者権利条約には、次のような条文もあるから
です。

 →http://www.normanet.ne.jp/~jdf/shiryo/convention/index.html

「障害に基づく差別には、合理的配慮を行わないことを含む
あらゆる形態の差別を含む。
「合理的配慮」とは、障害のある人が他の者との平等を基礎
としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使する
ことを確保するための必要かつ適切な変更及び調整であって、
特定の場合に必要とされるものであり、かつ、不釣合いな又は
過重な負担を課さないものをいう。」
〔第2条(川島聡=長瀬修 仮訳(2008年5月30日付))



たとえば、弱視障害を持つ身体障害者に対しては、文字拡大器などを
その障害を持つ人の働く場に設置するなどの工夫をする―これが
合理的配慮になります。

「文字拡大装置がいらない仕事をさせればいい。
それが合理的配慮になる」

とはなりません。
使用者ができないと決めつけて済むの問題ではなく、可能な限りの
努力がなされ、障害者にも同等の権利が保障されるべき、という
考え方があるものと解釈できると思います。


聴覚障害者も同じではないでしょうか。
手話・要約筆記通訳やジョブコーチは、合理的配慮になるはずです。
社会は今日まで、それをしてこなかった理由として

「今まで、そのような手段がなかった」

「あったとしても、知らなかった」

「費用負担ができない」

「個人情報保護のため、外部の人を社内に入れるわけにはいかない」

などといったことを挙げます。
それは

「障害者の人としての権利」

を無視してきたことを正当化する理由として用いられてきました。

なぜなら、国際条約で採択された背景には、差別があることを国際社会
が証明したと言えるからです。
これからの国際社会では、障害者の権利についても「考えようとしないこと」も、
差別につながるのです。

ただし、これにも限度があります。

(「不釣合いな又は過重な負担を課さないものをいう」)

聴覚障害者の場合、これを理由に合理的配慮への道を絶たれるケースは、
これからもまだ非常に多いことでしょう。

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by bunbun6610 | 2011-07-31 01:14 | 国連・障害者権利条約
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