「タマゴ」? 「タバコ」? (語音明瞭度について)

「タマゴ」と「タバコ」は音の数が同じで、口型も酷似しているので、読話能力が優れた
聴覚障害者でも、読み取ることが難しいと言われています。

健聴者の場合はこれにアクセント情報があるので、区別がつくのですが、補聴器も効果がない
ろう者の場合には、アクセント情報もなくなります。

一方、難聴者には聞いた言葉が多少不明瞭であっても、文脈との整合性を自分で判断できる力が
あります。
例えば、次のような場合です。

(1A)「タマゴは食べますか?」
(1B)「タバコは食べますか?」

上の場合は、(1B)が正しいと思う人はいませんので、どちらかである可能性が高いならば、
(1A)が相手の言っている事だろうと、すぐに判断がつきます。
聞こえが不明瞭であっても、状況で相手が何を言っているのか、想像がついてしまうのです。

それではもし、(読者も自分が今、難聴だとして)定食屋に入って、「タマゴをサービスいたします」
の張り紙を目にしていたとします。
そこへ店員が「●●●はいりますか?」と聞いてきたら、次のどれだと推測しますか?

(2A)「タマゴは要りますか?」
(2B)「タバコは要りますか?」

これも、(2A)だろうと、誰にでもわかると思います。

では、張り紙もないときに、店員から「●●●はすいますか?」と聞いてきたら、次のどれだと
推測しますか?

(3A)「タマゴは吸いますか?」
(3B)「タバコは吸いますか?」

これも、(3B)だと、誰にでもすぐわかりますよね。

これらは全て、難聴者も聴こえた経験から学習済みの事実であるから、耳が不自由でも
対応できるのです。
状況から、どんな文脈になるのか、聴く前から想像が可能だから、推測可能なのは
当たり前なのです。
推測ですから、聴こえていることとは、全く違います。

被験者(聴覚障害者)の応答が矛盾していなければ、健聴者は
「この人は健聴者だ(聴覚障害者ではない)」
と思い込むのです。

他にも難聴者は推測能力によって、耳が不自由でもコミュニケーションをやってのける
テクニックを持っています。

しかし、もしも自分がまだ学習したことのない言葉を言われて、それが聞き取れなかった
場合は、こうした推測ができないのですから、難聴者は答えられません。

しかし、こんな場合でも難聴者は「うなずき障害」とも呼ばれる「ごまかし」を使い、わかったふりを
していることもあります。

(本当のところ「わかったふり」をするのは、ごまかすことだけが理由ではないのですが…)

そうすると、相手の健聴者はその人が難聴であることに全く気づかないのです。
こういう場合でも、健聴者ならばその場で聞き取り、学習する能力がありますが、
難聴者にはできません。
感音性難聴には、同じ言葉を何度聞いても、聞き取るのが苦手な性質があるからです。
(詳しくは、下記【語音明瞭度の検査法について】を参照)
難聴には、こうした学習障害が生涯続いてしまいます。


【語音明瞭度の検査法について】
(財)全日本ろうあ連盟60周年記念映画『ゆずり葉』には、薬剤師を目指すろう者が、
その判定試験で語音明瞭度の検査を受けているシーンがありました。

 →http://www.jfd.or.jp/movie/
 →http://www.youtube.com/watch?v=kO5Lv8aJcD4

そのシーンでは、ろう者は検査に全く反応できず、泣いていました。
その検査は曇り硝子の向こう側から話されて、何と言われているのか、答えなければ
なりません。
視覚情報に頼っていたろう者には、口を見ることも許されませんでした。
そういう検査方法もあるのだろう、と思いますが、現在の語音明瞭度の検査方法では、
被験者(聴覚障害者)は視覚情報を使えません。

昔の検査方法で語音明瞭度を検査した人には、誤って高い数値が出され、障害等級の
認定が正確にできていなかった場合もありました。

私は口を見て、単語を想像して答える癖がついていましたので、聴力検査の
デシベル数値は高くても語音明瞭度が良いと、デシベル基準よりも低い等級判定にされる
場合もあります。

しかし、最近の語音明瞭度を調べる検査では、この推測も全く不可能な検査方法でやっている
ので、精度は向上しています。

語音明瞭度を調べるにはやはり、視覚情報を全て無くし、推測も不可能な音声のみで
検査する、純粋に音声だけによる検査方法でないと、正確にはわかりません。

勿論、「タバコ」「タマゴ」の聞き分けができるか、という検査方法も、昔はありましたが、
この方法は適当でないと思います。
それは、アクセントが少しでもわかってしまえば、被験者は判断が可能だからです。
推測が可能、という点も、純粋に音声だけで判断させる検査とは言い難い、と思います。

昔は例えば、次のような言葉の聞き取りができるかどうか、というテストがありました。

  とけい   てれび   ひこうき   つくえ   ばなな   えんぴつ
  りんご   ぴあの   らいおん   うさぎ   さかな   じどうしゃ
  はさみ   めがね   ねずみ    ぼうし   からす   でんわ
  くろい   くらい     がらす   からす

このような簡単な単語で健聴者にテストすると、3回とも聞き間違い、聞き漏らす
(聞き取れない)ことはゼロだと思います。
もしも聞こえなかったら、もう一度、あるいは繰り返し聞けば分かるでしょう。

しかし、感音性難聴であった私の耳だと、補聴器を装用しても、3回とも聞き間違い、
聞き漏らす言葉が幾つかありました。
私の場合は、「ねずみ」を3回とも「めぐり」と聞き間違え、「りんご」は「でんわ」と答えたり
答えられなかったり、「はさみ」は3回とも聞き取れませんでした。

これでは、たくさんの言葉が飛び交う会話のなかでは、致命的と言えます。
「音が聴こえるのに聞き取れない」ということを、健聴者にはまず考えられない
――そこが理解困難、ひいては誤解につながる一因となっているようです。

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by bunbun6610 | 2011-07-24 00:29 | コミュニケーション能力
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ある聴覚障害者から見た世界


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