フォックスの提唱と、キリストの教えとの共通点



「最も脆弱な集団の排除を許すならば、
世界を一層、公正にすることは不可能である。」
                  
(国連・障害者権利条約の提唱者
 メキシコ大統領ヴィセンテ・フォックス)


 →http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/un-ceef20080512_BK.html
 →http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%80


私はこの言葉を聞いたとき、とても感銘を受けました。
これを聞いたのは、長瀬修氏(東京大学大学院経済学研究科特任准教授)
の講演がきっかけです。

 →http://spysee.jp/%E9%95%B7%E7%80%AC%E4%BF%AE/1144007/

長瀬氏はとても心やさしい、広い視点を持った方なので、
皆さんも機会があれば是非、長瀬氏の講演を観に、
出かけて下さい。

福祉関係者(障害者でも、老人などそうでない方対象でも)はもちろん、
そうでない一般の方も、自分を変える大きなチャンスをもらえるかも
しれません。

ところで、このフォックスの言葉の「脆弱な集団」とは、今は自分と関係ないとしても、
いずれは自分がなる可能性だって、ゼロではありません。

また、他の集団に属していると思える人にも、公正な社会をつくるためには、
障害者問題も無関心ではいられない、ということを意味しているのだと思います。

つまり、自分が今どの集団の人間であろうと障害者問題は、人間社会のなかの、
誰にでも関係のあることだと、フォックスは考えているのです。

不公正に苦しんでいるのは友人かもしれないし、家族かもしれないし、
障害者かもしれないし、あなた(自分)かもしれないし、
また将来のあなたもそうなるかもしれません。

フォックスは、どんな人をも見捨てない、というのです。
フォックスの提唱は、そんな意味だったということに、あらためて驚きました。

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by bunbun6610 | 2011-06-01 22:02 | 国連・障害者権利条約
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